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その他のアカデミックな考察 ブログトップ

ことば [その他のアカデミックな考察]

今日、クラス担任の大黒先生から成績と論文のアドヴァイスを賜りました。

で、成績の話はオミットするとして、問題は論文のほう。また後日、時間のあるときに講評してくださるってことなんですが、今日は一つ、重要な点のアドヴァイスをもらいました(一応、成績から判断すると、ミドル友達のネタ的問題性はなさそう)。

-- ここからは、日記というよりエッセー的に読んでくださいな。 --

言葉ってのは、いろいろな定義があって難しい。
自分の研究(論文)テーマは「友達」ってことに関係があるってのは今までもいろいろ書いてきたけど、「友達」ってそもそも何なのか、っていうのがしっかり考えると難しい。
というのも、大黒先生曰く、日常的な用語を学問的な場で使うときこそ、より厳密な定義が必要で、「友達は〜である」ってのをバシっと書けとのことなので。

で、こういう「友達」っていう言葉とかは、確かに、人によって捉え方が違う。
どれくらいの心理的つながりの深さがあって「友達」になるか、とか、「大学の友達」=「クラスメイト」を指すのか、とか、人によって解釈がずれるとコワイ。

とりあえず、先行研究のサーヴェイをしてないので、ここでは自分の定義を書かないけど、そのずれをなくし、言葉をうまく伝え、論じていきたいと思っている。

こんなことを考えながら、同じようなことを、ある動画で聞いたことを思い出した。
それは、代ゼミがネット上で公開している、授業のワンシーンを数分間見れるサンプルムービーなんですが(接点Tとかほとんどネタ的なアレ)、そのうちの現代文の笹井厚志先生がこんなことを言っていました(2003年冬バージョンで今は公開終了)。

「恋愛とは何か? 100人いれば100通りの見方がある」

いきなりこのセリフで始まる、かなりインパクトのある動画なんだけど、それはさておき、これも「友達」の定義がいろいろあるのと同じようなことを意味してる。
まぁ、わざわざこれを聞かなくても、「恋愛」の定義も人によって違うのは「アタリマエだ」的だと思うけど(友達の定義における問題に気付かなかったのはイタイが...)。

動画では、この先、こんなことも言ってる。

「自分の目に映ったものをそのまま書いても、それは一つの現実を書いてるにすぎない。 ある男がいてな、自分の失恋体験をそのまんま正直に書いたとする。 な、もう、ちょっと恥ずかしいような心理まで全部正直に書いたとする。 赤裸々に書いた。 (中略) ところがこれ、女の立場から見たら違って見える。 (中略) どっちがこの恋愛のホントなの? 男から見た姿と、女から見た姿と…。 分かったな。 どっちも現実なんだよ。」

この動画は代ゼミモノの好きなやつのうちの一つなんだけど、そのネタはおいといて…w
で、いろんなネタでいろんなアプローチをするほど、定義の違いがあり、それを考えることが重要なワケだと感じる。
最近書いてないけど、スパムを扱った「サイバースペース偽装恋愛」でも、何か考えなければならないかもしれない。

*****
昨日、ちょっと見たい資料があって中央図書館の書庫に行ったんだけど、そこに気になる資料がいくつかあった。
後日、また行ってゆっくり見ようと思うんだけど、昨日見つけたヤツで興味深かったのが、明治大学教務事務部編『教員ハンドブック』(2004年度版)。
ホントは「存在」は知っていたんだけど。。。
学生が見れる場所(書庫)に保存してあるということは、ここで言及しても問題がないはず。
一部のページだけコピーしたんだけど、今回は、一番気になった記述を。

「校務に支障のない時期に私的な事由で海外渡航する場合は、海外渡航届(所属学部等事務室備付)を提出することになっています。」

国際観光ネットワーク論(専門:ハワイ)の方もちゃんと書いて、それで、授業でお話下さっているのでしょうか (笑)


授業が与えるもの [その他のアカデミックな考察]

もうすぐ新年度になるワケですが、その前に、「授業」について考察してみることにしました。

まず、高等教育では、初等中等教育より、勉強における授業のウェイトが下がると自分は考えている。

初等中等教育(小学校〜高校)では、アタリマエだけど、文科省による方針を元に、社会生活上&受験に必要な知識が授業によってなされている。
また、問題演習も授業範囲が前提なので(問題の難易は関係ない)、授業とはかけ離れた問題を解くことは少ない。
あるとしても、漢検や英検や数検、あるいはその他の一部の資格くらいで、ウェイトは小さいと考える。

このあたりについては、教育学の事情はワカラナイので、おいといて、ここでは高等教育について考察を進めたい。

フツウ、多くの人は大学や大学院のあとは就職する。
そして、そのためには就職に向けた勉強をする必要がある。

こういう時期にあってする勉強は以下のようなものがあると考える(これが全てではないけど)。
・アカデミックな内容
・資格取得のための勉強(TOEICとかも含める)
・SPIなどの常識問題系の勉強
・その他の就職テク系

このうち、資格を意識した一部の授業を除いて、原則的に大学の授業ではアカデミックな内容が扱われる。

とはいえ、上に挙げた他の三種の勉強も自分で勉強する必要があるし、また、アカデミックな内容は授業以外でも独習する必要もある。
そのため、初等中等教育自体に比較して、「割合的」に授業のウェイトが下がるのは必然とも考えられうる。

さて、このように授業のウェイトが下がるワケであるが、では、授業は大事ではなくなるのかという疑問がここで生じてくる。

自分は、「間違いなく、"No" である」と考える。

資格やSPIとかは、就職との関係が分かりやすい。
でも、アカデミックな内容の知識は、自分のオリジナリティを(面接とかで)結びつけるという意味で重要なものだと考える(ここでは、就職という点で述べているけど、それ以外にもアカデミックな内容の勉強の重要性はあると考える。ただ、ここではオミット)。

そこで、アカデミックな内容の勉強が重要であるといったことを前提として、さらに進めていこう。

先程挙げたように、アカデミックな内容は授業と独習で得ることができる。
ただ、これらの2つは、長所も短所も持っている。
独習の場合、自分のレベルで進めるが、前提知識がないと、なかなか難しい。
その際に、前提知識(基礎知識)は、その分野のエキスパートである教員による授業によって得ることが重要になる。

従って、基礎的な知識を教えるという教員の役割は重要なものとなる。

ここからが本題。
問題は、その教員が行う授業である。

その分野を教えることを「目的」とした授業では、その分野に関することを授業で教えていくことが必要である。
その分野に関してちゃんと教えない限り、その授業は全く役立たずとなってしまう。
つまり、時間のムダなだけである(下手でも教えているなら、完全に時間のムダとはならない)。

例えとして、「情報社会における経済」について扱った授業について考えてみることにしよう。
当然のことではあるが、ここでは「情報社会」と「経済」を軸とした授業展開がなされる必要がある。
すなわち、このキーワードとかけ離れた内容で授業時間のほとんどを費やす場合、その授業は「時間のムダ」というべき「役立たず」な存在となる(息抜き程度の雑談は別)。

従って、例えば、このような授業で担当教員が、「情報社会に生きる我々が行う勉強法」を情報社会学(あるいはこの授業では経済学も同様)とは関係ない視座で話すことにほとんどの時間を費やすことは不適切となる。
また、同様に、「情報社会に生きる教員が行った旅行」について、たとえ現在がちょうど情報社会であっても、情報社会と関係ない旅行話に時間を注ぐのは、息抜き的な場合を除いて、適切だとは考えづらい(1日中勉強ばかりしてなくちゃいけないワケじゃないし、フツウの話を学生同士で話す時間くらい確保できるワケだから、長時間の息抜きを授業中にする必然性はない)。

つまり、このような状況のある授業は、「『目的』を果たすことのできない、意味を持たないもの」といえる。
もっといえば、関係ない内容がメインで、目的を果たせない授業など存在してはいけないはずだし、そのような状況は絶対に放置してはならない。
そして、授業目的、教員の目的や目的といった点で、何らかの対処が必要なはずである。

ここで、「授業アンケートがあるのではないか」という意見があるかもしれない。
しかし、授業アンケートによる改善は必ずしも行われるとは限らない。
アンケートの結果を授業に反映する具体的義務を設けるは難しいし、設けたとしても、それを誰が判断するのかといった問題がある。
それどころか、アンケートを、「忘れた」といって行わない場合もある。
しかも、そうやって実施しなかったことに関するサンクション(制裁)はないため、否定的意見がイヤなら逃げれるのである(もしかして一言注意ぐらいはあるかもしれないが、減給などといったサンクションはない)。

従って、よい授業や教員ならばアンケートは効果をなすが、問題のある授業や教員では効果がなく、アンケートは効果のある対処法とはならない。

では、残る方法は何か?
それは、学生から教員に、間接的であれ、直接的であれ、伝えることしかない。

意図的に成績評価のない聴講を使うのもいいし、インターネットでさりげなくなにか書くのもいいし、他のリンクで間接的に、メッセージを伝えることは必要なことだと思う。
授業改善というのは教員にとってもマイナスになる事柄ではないと思うので、必ずしもサンクションを意味するものではないはずだから(だからといって、サンクションを否定したくもないが…)。

授業は初等中等教育よりウェイトが低くなっているけど、基本的な知識を得るためには必要なものである。
それを「時間のムダ」にするのはもったいない。
そこで、授業はよいものであってほしいし、来年度もそのような授業を期待したい。


*****
見直しをしてないので、一部おかしなところがあっても眼をつぶっておいてくださいな。
あと、批判的検討とかあったら、コメントくださいな。


なんとなくシラバスを作ってみる [その他のアカデミックな考察]

シラバスを読んでたら、何となく作ってみたかったのでw

●授業名
 サイバースペース・コミュニケーション

●授業の概要・目的
 現在、インターネットが普及し、我々にとってサイバースペース上のコミュニケーションについて考えることは必要不可欠になっている。そこで、その特徴、メリット、デメリット等を多角的視点で考えていく。
 なお、この授業は講義とグループ活動によって成り立つ。そこで、積極的な態度が必要となる。

●授業内容
 1. ガイダンス、コミュニケーションのツール
 2. 通信技術の基本概念
 3. メール、BBS
 4. インスタントメッセンジャー、ブログ
 5. サイバースペース・コミュニケーションのメリット(1)
 6. サイバースペース・コミュニケーションのメリット(2)
 7. サイバースペース・コミュニケーションのデメリット(1)
 8. サイバースペース・コミュニケーションのデメリット(2)
 9. 友人とのコミュニケーション(1)
 10. 友人とのコミュニケーション(2)
 11. メール私語
 12. 質疑応答

●履修の注意点
・授業に関する必要な会話を除いて、私語は禁止する。
・グループ活動が重視されるため、出席は重要となる。

●教科書
・特に指定しない。

●参考書
・授業中に紹介する。

●成績評価の方法
・履修登録点…30点(2回の欠席までは減点せず、3・4回目はそれぞれ5点、5・6回目はそれぞれ10点の減点となる)
 なお、出席は携帯電話を用いてとる。
・授業に関するアンケート…10点
・小レポート…20点(オリジナリティを重視)
・期末レポート…40点(オリジナリティを重視)
・発言点(グループ活動の報告についてのもので、1回につき5点。発言回数に制限はないが、点数は15点分が限度)

*****
「履修登録点」って概念を考えてみたんだけど、どうだろ。
ある程度の出席は確保できる一方、少しだけ休んでも平気ってので、バランスが取れるような気がするので。

ちなみに、発言点は大阪経大の小宮先生のアイデアを使いました(『大学の授業を考える』)。


【サイバースペース論・その2】出会い [その他のアカデミックな考察]

※今回は一般論ばかりになってます。その理由は、この先数回読んでいけば分かると思います。

えーと、「サイバースペース」≒「電脳社会」で、自分がその中のネットワーク社会に興味があるってことを前回書いたが、今回はそこにおける出会いとその特徴について、簡単に書いていくことにしよう。

例えば、「ソーシャルネットワーキングサービス」について考えてみる。
自分は「ソーシャルネットワーキングサービス」は一つの(小さな)社会であると思っている。
その社会の中で、いろいろな人と巡り会い、意見を交わしあい、自分を高めたり、広めたりができる。

ある種の「出会い系」である。
いわゆる「出会い系」と言われているものとは異なった次元で存在する「出会い系」だ。

さて、「出会い」とは何なのであろうか。
ここで、『広辞苑』における「出会い」の定義を見てみることにしよう。
1.であうこと。めぐりあうこと。(以下略)
2.知り合い。交際。(文例略)
3.男女の密会
4.(略)
5.(略)

つまり、当たり前のことであるが、「出会」うことをそもそも男女の「出会い」に限定する必要はない。
1や2の定義を見れば明らかになるだろう。

では、この「電脳社会」における「出会い」とはそもそも何なのであろうか。
実体のない人に会うことは、リアルの世界で会うよりメリットはホントに存在するのかということがある。

サイバースペースでは、リアルスペースよりは「気軽」に話しかけたりすることができるかもしれない。
「いつでも切られる可能性がある」という何らかの恐怖心を逆にメリットに変えることによって。

しかし、簡単に「切る」ということは社会としては恐ろしいことである。
このことによって、信用性のみに頼る社会になり、ネットオークションで詐欺されることによって売買契約の点で問題が起こることや、サイバースペース恋愛の急な終了などの問題などがある。
この辺りは後に深く議論する必要があると思われるので、ここではこれ以上は言及しない。

さて、こう考えると、デメリットがメリットを優先してしまう。
だが、仮に「切ら」れるということがあったとしても、それまでの期間にその相手に与えられる情報などはリアルスペースよりも多様性がある可能性が高いと自分は思っている。
現実社会より、距離的にも広い人間と出会えるため、その文化などにおける人間行動の特徴を知ることができたり、また、自分と異なった立場の人間に出会える可能性も高いので、その立場における思考なども得ることができるかもしれない。
これも後に深く述べることにする。

今回は一般論になってしまったが、次回は人間関係に関して、サイバースペースとリアルスペースの相関性という点で述べていきたい。

参考:
『広辞苑 第五版』岩波書店

*注意*
この原稿はかなり暫定的なもので、また、断片的なものです。


【サイバースペース論・その1】サイバースペースとは何ぞや? [その他のアカデミックな考察]

今回からサイバースペースネタを。
まぁ、難しいところもあるから、適当にいろんな始点で述べていきますね。

今回は「サイバースペースとは何ぞや?」って話を。
あ、これは分からなくていいです。

「サイバースペース」は簡単に言っちゃえば「電脳社会」だろうか。
まぁ、自分はその中の「ネットワーク社会」的分野に興味があるので、このシリーズではそれについて述べていこう。

さて、簡単に言っちゃったけど、もっと厳密に定義する必要もある。

そこで、大黒(2004)では、
**********
・サイバースペース=電脳空間
 1.情報(データ)のみからなる世界である
             …虚構(フィクション)
 2.現実(リアル)の世界ではなく仮想(ヴァーチャル)の
   世界である。
 3.コミュニケーション空間
 4.共同幻想の空間
**********
としており、さらに、それは
「最初は理想主義的」であったが、「ユートピア的」、
「第3のフロンティア」になると言っている。

ただ、自分自身は完全にそうだとは思っていないが…。
ホントに仮想なのかはアヤシイので。

はい。
よく分かりませんでしたね。。。
読まなかったことにしてくれてもいいです。。。

こんな難しい話はしないで、次回は「出会い系」を「ソーシャルネットワーキングサービス」の観点で見ていきます。

参考:
明治大学・情報コミュニケーション学部・授業
「情報社会入門」大黒岳彦, 2004
*講義をまとめたやつは
http://www.est.hi-ho.ne.jp/hyoki/infocom/1-1/infosociety_a.pdf
にあります。


「論」ってなんだろ… [その他のアカデミックな考察]

某ブログによると、最近、「論」って言葉を使うのが流行っているようだ。でも、そもそも「論」って何なんだろ。ちょっと考えてみた。
とりあえず、大辞泉によると、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1 物事の筋道を述べること。また、その述べたもの。意見。
2 意見をたたかわすこと。議論。論議。
3 インドの仏教学者が著した教義の綱要書。論書。また、教義の注釈などをした文献。論蔵。
4 漢文の文体の一。自分の意見を述べる文。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
だそうだ。
そうすると、自分たちがサイトやブログ上で使ってる論は、[1]の定義が当てはまるだろう。でも、それってホントに論なのだろうか。
たとえば、「CD論」ってので、「私は~のCDが好きだ。~サイコー!!ホントに癒されます☆」ってのは、本当に「論」なのだろうか。
ぶっちゃけ、難しい。
意見って意味だと、確かにそうかもしれない。でも、それってある程度筋道とかがいるはずだと思う。
まぁ、「私は~のCDが好きである。それは、私が~のCDによって癒されるからである。したがって、私は~のCDが好きで、私はそれを聞いてサイコーと思うのである」ってのは論かもしれない。
でも、個人的には、「論」って付ければ何でもいいってわけじゃないと思う。なんか、もっとアカデミックなものだと思ってる。
たとえば、「ゲーム論」で、好きなゲームについていろいろ語ったって、それは単なる「考え」「なんか述べたもの」のはず。アカデミックな「ゲーム論」ってのは、東京大学大学院・情報学環の馬場章助教授がやってるようなものだろう。
そこで、自分がブログ上で、迷惑メールを例に挙げながら断片を言ってる「サイバースペース(偽装)恋愛論」はどうなのか?
自分としては、ある種の自「論」として述べるつもりだし、そのために他に述べるべき内容も考えてるし、サイバースペースなどの概念の見解説明も行うつもりだ。
つまり、概要、概念、例証、比較、分類をきちんとするつもりだから、論だと思ってる。
次回くらいに、「風俗広告論」を書こうと思ってたけど、それはやめた。「論」とは思ってないから。「風俗広告について思うコト」にするつもり。
なかなか、「論」ってのは難しいものである。

ところで、「論」に対して「学」ってのはなんだろ。「学」だとアカデミックなのは確かだけど、「論」もある種のアカデミック。
自分は、とりあえず「学」はまとまりを持ったものだと思ってる。
でも、「情報検索論」の授業は、情報検索に対する学問をやる、はずの授業である。(T君ファンも見ているので、あまりオーバーに言い過ぎないでおこう(笑))で、情報検索の学問なんだから、「情報検索学」じゃないのか。
あと、たとえば、西垣通氏の提唱している「基礎情報学」は「基礎情報論」ではないのか。
多分、「学」「論」って「≒」何だと思う。それしかしょうがない。自分はなんとなく分けているけど…。
まあ、このあたりは、まだ勉強不足だから、いつかもう一回述べるかもしれない。

***********
最近ネタはあるけど、やる気がおきなくてすいません...
とりあえず、次回とその次のネタはあります。


匿名コミとは… [その他のアカデミックな考察]

匿名コミと書いたが、自分は基本的にこの言葉は使わない。
匿名でコミすることは可能でも、ネット世界だとしても、そんなに成り立つものじゃないから。大嫌いな大型掲示板くらいだろうか...
たとえ、本名が分からなくても、ハンドルネームやニックネームを使ってたら、一応個人識別可能だからである。
さて、ここからが本題。
自分が好きな用語は「匿顔コミ」である。
東京大学大学院・情報学環学際情報学府教授の原島博教授が提案しているやつである。原島さんの名前は9月8日(←かなり前)の記事で出してる。
氏は顔の研究などを行っていて、例えば、匿顔、つまり顔の見えないコミに関して提案している。
要するに、インターネット(あるいは電話)は、相手に会わずにコミできるっちゅうことである。
例えば、メッセとかそうじゃん、って思うわけ。(←無意味に某氏の口調で)
まあ、いろいろ話しかけやすいとか。
状況意識しないでいいし。
まあ、欠点もあるが。。。
オフラインのほうが、いろいろ言いやすい場合とか。
そのあたりは、ちょっとLinkageがあるが、詳しくはここでは述べない。
まあ、簡単に言うと、その欠点の関係で、微妙にDepression状態で、あんまりブログ更新する気も起きないということである。
どこまでも話題をExtendすると訳分からなくなるので、匿顔コミの特徴をもういっこ。
それは、コミの制約が減ること。
上にも書いたけど、状況意識不要性的視点上の行動(←ムダに難しく書きました 笑)が可能だから。
まあ、そのおかげで、いろいろコミができる。
コミしたい人とコミしやすい。
そういうことと関連して、ジェンダー・コミがしやすい。(→ジェンコミ論は難しいので書けないが... 定義における男女間コミの分類とかも難しいので →知識がついたら述べるかも)
で、そんな感じで、本日は珍しくコミュニケーション分野について書きました☆
いちおう、情コミだから、情報分野だけじゃなくて、コミの分野からも何かのアプローチしたいしね。
つーことで、また次回。

***************
【追記】
MSNブログが正式版になったついでに、デザインも変更しました。
あと、近々(というか、多分今日)、MSNメッセンジャーをバージョン7.0βにアップロード予定。ブログ上にレビューを書くかも。

サイト更新は12月の末ごろまで、待っててください。
情報リテの評価終了後、コンテンツをします♪
冬休みにでも、じっくり見てくださいな。


常識 [その他のアカデミックな考察]

今日は、ネタの性質上、一週間以上保留にしていた内容。

テーマは「ジェンダー」。賛否両論がありそうだなぁ。。。

「ジェンダーと法」という授業を受けているから、問題として意識してしまう。
で、元ネタは、はてなアンテナ( http://www.hatena.ne.jp/ )に投稿された2つの質問。問題があると思っているので、その回答結果のさいとはここには書かない。
質問は、「芸能人がレイプされたという事件で、噂ではなく、真実とされている、ものを挙げて下さい。」ってのと、「日本人の芸能人で、エイズ感染を公表している人はいますか?」ってやつ。質問者は同じ人で、回答はいろいろ寄せられている。
で、自分で問題だと思ってるのは、「レイプ」や「エイズ」というある種の社会的な問題について聞いてること。これって、被害者・感染者の心理的観点から、述べたりするのはタブーだと思うし、マナー違反だと思う。
「おまえ、ただ、そういう性的なネタをネット上に載せるのを批判してるのか?」なんて質問をされ、誤解されるかもしれないので、一応言っておくと、「芸能人の交際遍歴を教えてください」ってのはありなはず。
あと、「裏はてな」みたいなのをつくって、性的なネタを集めるってのもビジネス的にはありかもしれないし、おもしろいかもしれない。関わるか否かは別の問題として。
でも、レイプ被害やHIV感染で悩み、苦しんで、つらい思いをしている人たちだっていっぱいいて、そういう人たちも、ネットの媒体を使ってるんだから、考慮しなければいけない内容があるんじゃないかって思う。
「聞きたいから、いいじゃん」、ってのは十分分かる。でも、それは、特にいろんなユーザーがいるところなら、一歩立ち止まって考えなくちゃいけないと思う。

【まとめとか】
1.レイプやエイズの問題に触れるのは社会的・被害者・感染者などの観点から不適切
2.それ以外だったら、十二分にOK!!
3.「hyokiのブログ。」では書きませんが。。。「hyokiの裏ブログ。」も作ることはない
4.風俗広告論(論ではないが)をいずれ書く予定

★次回は、「大型匿名掲示板考察【2】」を書きます。 【1】から1か月近く経ってた…。
↓アンケート実施中:14日までやってます -- ぜひ、おねがいしますm(_ _)m --
http://www.efeel.to/survey/hyoki_blog/


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